植物性たん白の研究報告
植物性たん白の栄養
通常の食生活においてたん白質は肉、魚の他いろいろな食品から摂取され、植物性たん白質だけあるいは動物性たん白質だけという単体のたん白質源を摂取するのではなく、 多様なたん白質が組み合わさった形で摂取されます。従って、「植物性たん白の栄養価」だけを取り上げて単純に評価することは難しく、 たん白質の栄養価はエネルギー摂取量など他の栄養的要因によっても左右されるため、質的、量的な関係を考慮して表していく必要があります。
日本人のエネルギー栄養摂取の現状
図-1 P・F・Cエネルギー比の国際比較
日本人のエネルギー摂取量(1)は、2,023kcal(平成6年)でほぼ適正な値となっておりますが、たん白質、脂質、炭水化物などをバランス良く摂ることが必要です。
食事内容のバランスがとれているかどうかの判断のひとつとして、摂取した総エネルギーに対するP(Protein ; たん白質)、F(Fat ; 脂肪)、C(Carbohydrate ; 炭水化物)に
由来する各エネルギーの割合が用いられています(PFCエネルギー比)。
それぞれの理想的な値は、P:12~14%、F:20~25%、C:61~68%で、日本人の平均的な摂取量はいずれもその範囲内にありますが、
長期的にみると、Cが減少、Fが増加の傾向にあり、アメリカ、イギリスのパターンに接近しつつあるようです(2)(3)(4)。
たん白質所要量
たん白質を含めた日本人の栄養所要量(5)は、栄養の専門家を集めて設置された栄養所要量策定検討委員会で検討され、
公衆衛生審議会栄養部会で審議された後、平成6年3月に、平成7年度から11年度までの間に使用するものとして、厚生大臣宛答申されました。
たん白質の栄養はたん白質の質的な価値と共に、量的な関係を考慮する必要があります。
日本人のたん白質の必要量は昭和54年度(1979年)に内因性窒素代謝レベルすなわち不可避窒素損失量※を基準に定められました。
これは1973年FAO/WHOから報告された内容と同様の考え方をしているものの、エネルギー摂取のたん白質節約作用※を考慮して
維持エネルギー摂取の条件※下における卵たん白質の成人利用効率及びその必要量が算出されています。
現在、日本人のたん白質の必要量は1985年FAO/WHO/UNU報告の基本的な考え方をとり入れ、維持エネルギー摂取条件を考慮して窒素出納によって求めた数値を基にして 「良質たん白質」として0.64グラムg/体重kgと定められています。
日常の食事たん白質の所要量は以下の数式より体重1kgあたり1.08g/日となります。
(1)良質たん白質の平均たん白質必要量:0.64(g/kg/日)
(2)日常摂取たん白質の良質たん白質に対する相対的利用効率:85%
(3)感染、免疫等のストレスに対する安全率:10%
(4)個人間の変動係数の2倍値:30%(15%×2)
20歳代の日本人男子の平均体重は64.69kgですからたん白質所要量は69.9g、女子の平均体重は51.3kgですからたん白質所要量は55.4gとなっています。
さらに最近における女子のやせ志向は健康上憂慮すべきことであり、これに伴うたん白質の摂取減少は好ましくないことを考慮して、
成人期(20歳代)における1日当たりの所要量は男子70g、女子60gの数値が採用されています。
※不可避窒素損失量(Obligatory nitorogen losses)
無たん白質食摂取時の糞、尿、毛髪、爪などの経由で失う体窒素の総和
※ エネルギー摂取のたん白質節約作用(Protein sparing action)
たん白質の利用効率は摂取エネルギーによって大きく影響を受け、一般的に摂取エネルギーが少ないときはたん白質要求が増加し、十分であれば少量で足りるとされています。
※ 維持エネルギー摂取の条件とはエネルギーの摂取量をほぼ維持レベルに設定することですが、この条件の厳密な決定は極めて困難であり、 現在のところ45Kcal/kgが暫定的に成人男子の近似値として研究が進められてきました。
たん白質の栄養
食品たん白質の第一義的な栄養は、対象となる動物のアミノ酸必要量に基づき、たん白質の必須アミノ酸組成と消化吸収率によって決まります。
1アミノ酸組成による栄養価の評価
食事たん白質の栄養価は、対象となる動物が必要とするアミノ酸をいかに効率よく供給し得るかによって決まりますが、それを大きく支配するのは
食品たん白質に含まれる各必須アミノ酸含量(6です。
ヒトのアミノ酸要求量については十数s年来検討されてきましたが、FAO/WHOが必須アミノ酸の比較パターンについて提案しています。
1957年に最初のアミノ酸評価パターンが提案され (7)、その後1965年には幾らか修正が加えられました (8)。
その後1973年に大幅に改正され (9)、現在のパターンはさらに新たに得られた学問的資料、新しい考え方や経験的事実などを参考にして
1985年FAO/WHO/UNUにより提案されたものです。
このパターンは1990年FAO/WHOに追認され(10)、食品の品質評価のための比較たん白質(必須アミノ酸評点パターン)として、
当面2才以上の幼児のパターンを使用することが推奨されています。
さらにこの報告で、アミノ酸価による栄養評価においても、消化吸収率を加味すべきことが強く推奨されています。
これはPDCAAS(蛋白質消化吸収率-修正アミノ酸スコア)と称します(11)(表1)。
図-1 P・F・Cエネルギー比の国際比較
アミノ酸(略号) | たん白質当たりの必須アミノ酸(mg/g たん白質) | 窒素当たりの必須 アミノ酸(mg/gN) 算定用評点パターン |
||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1973年(FAO/WHO) | 1985年(FAO/WHO/UNU) | 1973年 | 1985年 | |||||||
幼児 | 学齢期 10~12歳 |
成人 | 一般用 | 幼児 | 学齢期 2~5歳 |
学齢期 10~12歳 |
成人 | 一般用 | 学齢期 2~5歳 |
|
ヒスチジン(His) | 14 | – | – | – | 26 | 19 | 19 | 16 | – | 120 |
イソロイシン(Ile) | 35 | 37 | 18 | 40 | 46 | 28 | 28 | 13 | 250 | 180 |
ロイシン(Leu) | 80 | 56 | 25 | 70 | 93 | 66 | 44 | 19 | 440 | 410 |
リジン(Lys) | 52 | 75 | 22 | 55 | 66 | 58 | 44 | 16 | 340 | 360 |
メチオニン(Met) | 29 | 34 | 24 | 35 | 42 | 25 | 22 | 17 | 220 | 160 |
シスチン(Cys) | ||||||||||
フェニルアラニン(Phe) | 63 | 34 | 25 | 60 | 72 | 63 | 22 | 19 | 380 | 390 |
チロシン(Tyr) | ||||||||||
スレオニン(Thr) | 44 | 44 | 13 | 40 | 26 | 19 | 19 | 16 | – | 120 |
トリプトファン(Trp) | 8.5 | 4.6 | 6.5 | 10 | 17 | 11 | 9 | 5 | 60 | 70 |
パリン(Vat) | 47 | 41 | 18 | 50 | 55 | 35 | 25 | 13 | 310 | 220 |
合計 | ||||||||||
ヒスチジン込み | 373 | – | – | – | 460 | 339 | 241 | 127 | – | 2,120 |
ヒスチジン除く | 359 | 326 | 152 | 360 | 434 | 320 | 222 | 111 | 2,250 | 2,000 |
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2ヒトまたは動物の試験による栄養価の評価(生物価、消化吸収率)
従来から、一般に動物によるたん白質の栄養価はラットの飼育試験からその成長を指標として評価されてきました。簡便な生物学的測定法として蛋白質効率(PER)が知られています(12)。
近年、ラットの必須アミノ酸要求量はヒトのそれとは異なり(特にメチオニン等の含硫アミノ酸)、ラットでの評価をそのままヒトのモデルとして用いることにはいくつかの注意を要することが判りました。
例えば、1973年FAO/WHOから提案されたアミノ酸パターンによると大豆蛋白質はメチオニンが不足し制限アミノ酸とされていましたが、井上ら(13)は、
ヒトで大豆蛋白質に対するメチオニン補足試験を行い、窒素出納を指標として、大豆蛋白質はメチオニンの補足を必要とせず、良質たん白質供給源であることを明らかにしました。
同様の知見が米国でもYoung ら (14)によって確認されています。
ヒトの日常のたん白質源は、乳児を除き、通常は単一の食品に頼ることはありません。複数の食品が組み合わされて摂られており、
このことは、日々の摂取たん白質供給源であり、そのいくつかの組み合わせが検討されています。
3植物性たん白のアミノ酸組成
細胞壁が強固な野菜や海草あるいは微生物を除き、通常食品から得られる摂取たん白質の利用率は消化吸収性を加味して85%程度と評価します。
そのため、たん白質の栄養価は必須アミノ酸組成によって決まるといっても過言ではありません。
植物性たん白はその原料である大豆や小麦粉から加工される工程で加熱時の処理が施されますが、比較的不安定とされるリジン、アルギニン、トリプトファン、含硫アミノ酸も減少しないことが報告されています。
表-2 植物性たん白のアミノ酸組成表
Ile | Leu | Lys | Met | Cys | Phe | Tyr | Thr | Trp | Val | His | Arg | Ala | Asp | Glu | Gly | Pro | Ser | ||
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粉末状 大豆 たん白 |
mg/g nitrogen | 300 | 490 | 380 | 78 | 82 | 330 | 230 | 220 | 83 | 300 | 170 | 480 | 250 | 720 | 1200 | 250 | 340 | 310 |
mg/g protein | 48 | 78 | 61 | 12 | 13 | 53 | 37 | 35 | 13 | 48 | 27 | 77 | 40 | 115 | 192 | 40 | 54 | 50 | |
粉末状 小麦 たん白 |
mg/g nitrogen | 240 | 430 | 110 | 100 | 130 | 320 | 200 | 160 | 62 | 260 | 140 | 220 | 160 | 220 | 2300 | 210 | 900 | 280 |
mg/g protein | 41 | 75 | 19 | 18 | 22 | 57 | 34 | 28 | 11 | 45 | 24 | 38 | 29 | 38 | 400 | 37 | 160 | 49 |
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上段:全窒素1g当たりのアミノ酸組成 mg/g Nitrogen
(改訂日本食品アミノ酸組成表 科学技術庁資源調査会・資源調査所編より引用)
下段:たん白質1g当たりのアミノ酸組成 mg/g Protein
(全窒素1g当たりのアミノ酸組成(上記)より窒素-蛋白質換算係数を乗じて求めた)
大豆:6.25 小麦:5.70
※ 植物性たん白の窒素-蛋白質換算係数は、大豆系が6.25、小麦系が5.70を用いています。
文献
- 国民栄養の現状、厚生省保健医療局健康増進栄養課 監修
- 食糧需給表
- FAO “Food Balance Sheets 1986-88 Average”
- OECD “Food Consumption Statistics 1973-1982”
- 第五次改定 日本人の栄養所要量、厚生省保健医療局健康増進栄養課
- Joint FAO/WHO/UNU Expert Consultation, : Energy and Protein Requirement (WHO Technical Report No.724) p121(1985)
- FAO Expert Consultation: Protein Requirements (FAO Nutr. Studies No.16),(1957), Food and Agricultual Organization (Rome, Italy).
- Joint FAO/WHO Expert Consultation: Protein Requirements (FAO Nutr. Rep. Ser.No.37),(1965), Food and Agricultual Organization (Rome, Italy).
- Joint FAO/WHO Expert Consultation: Energy and Protein Requirements (WHO) Technical Report No.522), (1973), World Health Organization (Geneva)
- 科学技術庁資源調査会編「改訂日本食品アミノ酸組成表」(1986)、科学技術庁資源調査所
- Henley,E.C. and Kuster,J.M.: Protein Quality evaluation by protein digestibility-corrected amino acid scoring.: Food Technology, 48, 74-79, 1994.
- Official Methods of Analysis 15ed, (Helrech, K. ed) 1095-1096 (1990)
- 井上五郎:人における分離大豆蛋白質の栄養価:「大豆蛋白質の栄養」p31-46(1987)、大豆蛋白質栄養研究会(大阪)
- Young,V.R., Puig.M., Queiroz,E., Scrimshow,N.S. and Rand,W.M.: Evaluation of the protein quality of an isolated soy protein in young men: relative nitrogen requirements and effect of methionine supplementation.: Am.J.Clin. Nutr., 39, 16-24, 1984
植物性たん白の普及活動に関する研究
長年に亘って、日本医療栄養センター所長の井上正子先生に「植物性たん白の普及活動に関する研究」というテーマで研究活動をお願いしていました。 毎年の日本栄養改善学会学術総会の場で示説発表いただきましたので、そのうちの直近3年分をご紹介します。
2016
植物性大豆たん白の普及活動に関する研究(第11報)
~主婦、短期大学生へのSPI調理指導。官能評価結果~
2017
植物性大豆たん白の普及活動に関する研究(第12報)
~高齢者を対象とした植物性たん白を用いた調理指導その1~
2018
植物性大豆たん白の普及活動に関する研究(第13報)
~高齢者を対象とした植物性たん白を用いた調理指導その2~
高齢者の健康寿命延伸に対する植物性たん白摂取による健康面での効果
2019年に九州女子大学・九州女子短期大学家政学部栄養学科の巴美樹教授に「高齢者の健康寿命延伸に対する植物性たん白摂取による栄養面での効果」というテーマで研究活動をお願いしました。
会員企業、外部機関の研究成果・特許情報など
当協会の会員企業をはじめ、多くの企業・団体・機関では、植物性たん白に関連する様々な研究活動が行われています。
特許情報を含め、インターネット上で広くアクセスが可能なもの(一部のタイトル名)をご紹介します。
-
株式会社J-オイルミルズ
同社ウェブサイト上の「J-オイルミルズの研究開発」では、研究論文・学会発表の一部を紹介しています。
(紹介例)
- 「大豆粉製品の低糖質食品への活用」 など
-
昭和産業株式会社
同社ウェブサイト上の「研究開発」では、研究活動成果の一部を紹介しています。
(紹介例)
- 「大豆粉は胃排出及び消化管通過を遅延させ摂食を抑制する」
- 「マダイ用飼料における濃縮大豆タンパク質の利用」 など
-
日清オイリオグループ株式会社
同社ウェブサイト上の「研究・技術開発」では、主な学会発表/研究論文発表を紹介しています。
(紹介例)
- 「大豆粉の利用による冷凍耐性生地の品質改良と機能解析」
- 「中鎖脂肪酸含有油脂はグルテン形成能にどのような効果を示すのか」
- 「発芽に伴う大豆種子中の貯蔵タンパク質(アレルゲン)の分解」 など
-
不二製油株式会社
同社ウェブサイト上の「研究開発」では、主な研究論文・学会発表などを紹介しています。
- 「メタボ・糖尿病診療に於ける分離大豆蛋白補食の有用性―脂質異常及びSGLUT‐2阻害薬服用下のNバランス改善―」
- 「トータルビューティ〜肌+αの美容〜大豆ペプチドの美肌効果〜コラーゲンとの相乗効果〜」
- 「大豆タンパク質由来ジペプチド投与による脳内BDNF産生促進効果」 など
-
理研ビタミン株式会社
同社ウェブサイト上の「研究開発」では、主な学会発表及び論文発表を紹介しています。
(紹介例)
- 「小麦生地やグルテンにおけるジグリセリンエステルの物性改変効果」
- 「バイタルグルテンおよび乳化剤によるパンの改良について」 など
-
公益財団法人不二たん白質研究振興財団
たん白質に関する研究及びこれに関連する研究の奨励、援助を行い、もって学術の発展及び国民生活の向上に寄与することを目的として設立されています。
同財団ウェブサイト上の「大豆たん白質研究検索システム」では、 助成研究成果の報告書である年刊誌「大豆たん白質研究(旧「大豆たん白質研究会会誌」)」の情報が公開されています。(公開例)
- 「大豆たん白質を利用した食品3Dプリンタ用フードインクの開発」
- 「たん白質の種類の違いが運動後の筋力回復に及ぼす影響 -大豆たん白質と乳たん白質の比較-」
- 「大豆たん白質摂取による心肥大抑制効果の検討」 など
-
国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)
新技術の創出に資することとなる科学技術に関する基礎研究、基盤的研究開発、新技術の企業化開発などの業務、国立大学法人から寄託された資金の運用の業務、 大学に対する研究環境の整備充実などに関する助成の業務及び我が国における科学技術情報に関する中枢的機関としての科学技術情報の流通に関する業務その他の科学技術の振興のための 基盤の整備に関する業務を総合的に行うことにより、科学技術の振興を図ることを目的として設立されています。
同機構が運営する「科学技術情報発信・流通総合システム」は、 電子ジャーナルプラットフォームであり、日本から発表される科学技術(人文科学・社会科学を含む)情報の迅速な流通と国際情報発信力の強化、 オープンアクセスの推進を目指し、学協会や研究機関などにおける科学技術刊行物の発行を支援しています。(「大豆たん白」、「小麦たん白」での検索結果例)
- 「市販活性グルテンの品質特性と米粉食パンへの利用」
- 「大豆タンパク質・デンプン混合ゲルの加熱調理におけるNaCl拡散過程の予測」
- 「大豆タンパク質添加エマルションの物性とそのエマルション特性を利用した食品の調製」
- 「市販活性グルテンのネットワーク形成における硬水の効果」 など
-
独立行政法人工業所有権情報・研修館
発明、実用新案、意匠及び商標に関する公報、審査及び審判に関する文献その他の工業所有権に関する情報の収集、整理及び提供を行うとともに、 特許庁の職員その他の工業所有権に関する業務に従事する者に対する研修を行うことなどにより、工業所有権の保護及び利用の促進を図ることを目的として設立されています。
同館が運営する「特許情報プラットフォーム」では、 特許・実用新案、意匠及び商標について、キーワードや番号によって検索することができます。(「大豆たん白」、「小麦たん白」での検索結果例)
- 「納豆様食品」(特開2021-97616)
- 「大豆たん白加工食品及びその製造方法」(特開2021-40539)
- 「植物性たん白素材およびその製造方法」(特開2021-29149)
- 「ピザクラスト及びその製造方法」(特開2019-135950)
- 「低糖質麺及びその調製に使用するミックス粉」(特開2016-2000) など